AI時代のレッドオーシャンにみんな飛び込みたがっている

AIに対して前向きで積極的に取り組んでいる方ほど、先行者利益を得たいと考えているはずです。しかし、その努力の方向性は本当に、先行者に豊かな利益をもたらすブルーオーシャンに向かっているでしょうか。むしろ大多数が同じことを考え、同じ方向に向かって競い合う レッドオーシャン に、あえて自ら飛び込んでいるのではないですか。
AIの進化の速さは凄まじいので、早くゴールにたどり着ければ勝てる。そう思っているなら、その希望にかける戦略はレッドオーシャンのそれです。
人間とAIの誤差を埋めるのは誰か
生成AIを実際に使えば、ハルシネーションを除いても、AIの出力と人間の出力の間に何らかの差異があることに気づきます。文章のトーンが微妙に違う、判断の根拠が人間的な文脈を欠いている、ニュアンスがずれている。
OpenAIやGoogleをはじめとしたAI企業は、この誤差を縮めるために膨大な投資を続けています。そのおかげでモデルの改善は日々進んでいます。
では、AIを活用する側の企業はどうでしょうか。プロンプトを工夫し、出力に逸脱がないようにガードを固める。これまでの人間による回答と不連続にならないように言い回しを調整する──多くの場合、「AIが出した答えをより自分たちらしく仕上げる」方向に試行錯誤が繰り返されており、そのスキルで競争しようという気配を感じます。
もちろん、そうした努力もAIモデルをより高度にすることに貢献しています。しかし、AIを活用する企業も無邪気に「AIを人間に近づける」というAI企業と同じ方向を向いたままでいいのでしょうか。同じ方向を向いているということは、その先はレッドオーシャンです。
私たちは「不気味の谷」に囚われている
「不気味の谷」という概念を聞いたことはありませんか。ロボット工学者の森政弘氏が1970年に提唱した理論で、人間に似ているが完全ではないものに対して、人間は強い違和感や嫌悪を覚えるというものです。アンドロイドの外見に対する話だと思う方が多いかもしれませんが、生成AIの知能に対しても同じ不気味の谷が今生じているのではないかと感じています。
これまで私たちは、不気味の谷を「感じる側」でした。違和感を覚える受け手にすぎなかった。しかしAIの性能があまりにも人間に近づいた今、状況が変わってきています。残されたわずかな差異に対して、「ここさえ直せば完璧なのに」「この違和感さえなくせば使えるのに」と感じるたびに、自分こそがこの谷を埋められる という使命感に駆られていく。それを早くどうにかすれば自分たちは勝てるという幻想を抱いてしまうのです。
気づいていないかもしれませんが、一歩引いてみると、これは人類共通の使命感に縛られて、みんなが同じ方向にもがいている状況です。 不気味の谷に囚われた者たちが、一斉にレッドオーシャンに突き進んでいる ──そう見えてなりません。
追い打ちをかけるコンウェイの法則
さらにもう一つ、コンウェイの法則という引力が働いています。「組織が設計するシステムは、その組織のコミュニケーション構造を反映したものになる」という経験則です。
この法則を私はこう解釈しています。変革を目指してシステムを作っても、よほど強い意志を持って取り組まない限り、結局できあがるのは「小さな今の自分たち」を再生産するための仕組みだということです。現状を肯定し、現状維持を支持するためのシステムに落ち着いてしまう。変えようとしているのに、意見を多く集めてまともに作ると、行き着く先は今の自分たちの延長でしかない。それが法則と呼ばれるゆえんであり、本当に意識して逆張りを狙うくらいの強さで臨まなければ、その引力に流されてしまうのです。
不気味の谷に囚われて差異を埋めることに夢中になり、コンウェイの法則に流されて結局は今の自分たちを再生産する方向に収束していく。この 二重の引力 が、多くの企業をAI時代のレッドオーシャンに突き進ませていると思います。
人間の方をAIに寄せるという逆張り
ここで、逆の方向から考えてみます。
「AIの出力と人間の出力の差を、AIを改善することで縮める」のではなく、 「人間側を変えることで縮める」 。つまり、AIの成果を生かすための業務プロセス・組織構造・判断基準を、AIの特性に合わせて再設計する。それを初手として自分たちから先に提案するという方向性です。
多くの企業は、自分たちを変えることをやりたくないのです。AIが自分たちに合わせてくれるのではないかという希望を抱いて、そこに投資をしている。だからこそ、あえて 自分たちの方から変わる という積極性が今、有効な差別化の手段になります。人間側を変えることで、 競争の構造自体を変えていく 。それがブルーオーシャンへの道だと考えています。
これは観念論ではないと思っています。歴史上の出来事が、その方向性を支持してくれているからです。
近代工業の覇権を取ったフォード生産方式に学ぶ
フォード生産方式について聞いたことがある方も多いと思います。
当時の自動車製造は、熟練した職人が一台ずつ組み立てていました。当時もおそらく、自動車の可能性にかけて切磋琢磨していた人たちが多くいたはずです。その中では、機械を人間に近づけるための工夫が繰り広げられていたのではないかと想像します。今のAIをめぐる状況と似た構図だと感じています。
ヘンリー・フォードが選んだのは、その逆の道でした。ベルトコンベアという機械の動きに合わせて、人間の側が作業を変え、分業に徹する。分業に徹することで、熟練工になるための長い育成プロセスを大幅に短縮して、誰もが生産プロセスに参加できるようになりました。
結果はご存知の通りです。生産性は大きく飛躍し、フォード社は自動車業界の新しいパラダイムを手に入れました。人間の方を機械に合わせる という発想の転換が、文明としての突破口を開いたと言っていいのではないかと思います。
DXが失敗した本当の理由
一方で、身近に生かすことのできる反面教師もあります。少し前にやたらと取り沙汰されたDX(デジタルトランスフォーメーション)です。
DXの本来の意図は、効率に優れたデジタル技術を中心に、組織や事業プロセスを根本からピボットすることにありました。しかし多くの企業で起きたことは、「デジタル技術を既存の人間の習慣に合わせて使う」という単なるデジタル化の流れでした。
紙の書類のフォーマットを変えずにデジタル化した。ファイルをクラウドに移した。会議の手順は変えないままオンライン会議ツールを導入した。ツールは変わっても、 業務の本質は変わらなかった 。これがDXが幻に終わった多くのケースの典型例です。
「デジタルを人間に合わせる」方向に無難に落ち着いた結果、本来のトランスフォーメーション(変革)は起きませんでした。コンウェイの法則としてすでにわかっていたことを、再演してしまったのではないかと思います。
真の先行者利益はどこにあるか
ここで最初の問いに戻ります。AI活用において、どの方向に努力するべきか。
多くの企業が「AIを人間に近づける」方向で工夫を重ねています。そこに費やされるエネルギーは日々増えています。そして、その方向には強力な競争相手が無数にいます。OpenAIやGoogleといったAI企業自身が、あなたよりも多くの資源を投じて同じ課題に取り組んでいます。
「AIをこんなふうにうまく使っている」という話はよく見聞きします。しかし、「AIに合わせて組織や業務プロセスをこう変えた」という話はほとんど聞いたことがありません。
フォードがベルトコンベアを導入したとき、自動車職人は相変わらず自分の技術を磨いていたし、工場の機械化も「どうすれば職人の技に近づけるか」を切磋琢磨していたと想像します。同じように、DXが叫ばれたとき、採用するシステムの機能や性能については多く語られましたが、組織設計やプロセスを再設計しようとした企業はごく少数だったと思います。
逆張りは、はじめ愚かな行為に見えるものです。しかし、向かう人が少ない先がブルーオーシャンとは限らないけれども、向かう人が多い先は必ずレッドオーシャンになる。 これは確実に言えることです。
あなたの組織が今、AIへの向き合い方とその工夫に費やしているエネルギーは、どちらの方向に向かっていますか。
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